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ようこそパルーシアへ Welcom to parousia world 第4章 沖縄とのかかわり |
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沖縄は合同以前は例えば日本基督教会は鎮西中会に属し、メソジストは九州教区に属していた。 沖縄はアメリカの信託統治時代、沖縄キリスト教団として存続したが、沖縄の日本復帰直前に、再び日本基督教団と合同した。
その間、九州教区における沖縄との関わりを捕らえたものが本章である。 議案:「沖縄教会との連絡並びに交わりを希望、その実現方法は常置委に一任の件」 (これに対し福井二郎氏より沖縄の近況報告をなし賛意を述ぶ)。(第2回教区総会議事録 ガリ版刷りの印刷物) 19550511 昭和30年度伝道部計画 (第5回総会議案報告55頁) E教区として採上げるべき大きな伝道対象の問題 1,奄美大島 沖縄伝道 19620319-23 沖縄宣教師、前田伊都子、巡回講演、3教会、80名、 年表 19720114-15 教区オキナワ・セミナー、於熊本水前寺共済会館及び県社会福祉会館、45名 「方針・方策」の線に沿い、各地で沖縄、靖国の問題に積極的に取り組んでいる者の集会として計画した。沖縄問題そのものに取り組んでいる活動家の報告が少なかったが、この計画のねらいの一つであった沖縄と靖国の関連をとらえるという点では、評価できるものであった。それが今後どのように影響し、進展するか。見守っていかねばならない。 年表 (第22回総会議案報告50頁)
19721018-23 教区内地区別「沖縄問題協議会」 年表 1972X ・教区幹事活動報告 報告者 土浜達司 2,主要な活動 ・「オキナワ」について 72年1月14−15日、熊本。 ロ、九州教区総会議員研修会 主題「オキナワ」 72年5月3日福岡
次に(ロ)においては、沖縄教区より派遣された同教区宣教部委員長名嘉隆一氏により、沖区内の諸教会が担っている問題をなまに指摘された。現地が内包している問題の複雑さ、重さのゆえに、また沖縄教区内の諸教会の中に、宣教論的一致が充分に熟するに到っていないことのゆえに、沖縄の諸教会が担う問題が必ずしも明確にされたとはいいがたく、加えて、集まった議員の中にも沖縄問題に対する認識不足等があり、充分に問題を深化し得なかったきらいがある。 かくて現地の教会の苦悩を、講師の発題をとおしてヂカに聞いた議員達が、各教会に帰り、それぞれの教会・地区において問題を広め、深めていく事を期待しつつ次の計画を進めた。 (23回総会議案報告58頁)
議題:「奄美地区の問題」奄美地区は本土と沖縄との谷間におかれ、自給伝道樹立のため苦闘している現実が報告され考えさせられた。 1973 ※宣教部報告 委員長 斉藤昭夫 ...「靖国、沖縄問題にかかわっていく事、その事自体「教会形成」に連なるものであり、それを教会形成、靖国、沖縄と並列することにより、かえって「教会形成」の意図を小さく限定してしまうことになると判断して、文字上ではあえてあらわしませんでしたという考えが十分に理解されず、かえって誤解される結果になったのではないかという評価もあった。ただ、教会形成が教会エゴイズムのために、教会を自己目的化してきた従来のあり方に対して大きなチャレンジであったことは十分に評価された。 4,新「宣教基本方針並びに方策」(1973年度〜1974年度)で意図したことはこの「宣教基本方針並びに方策」は、教区宣教部が指令として打ち出したものではなく各個教会において福音理解と教会形成のために用いられることを願ってまとめたものである。内容について言えば、前宣教部が打ち出した方針、方策の基本的方向をさきの評価をふまえて継承した。オキナワ問題については九州教区内にある沖縄の問題と同根の問題に積極的に取り組む事にした。なお、沖縄教区との連繋については教区三役に一任した。 3,九州教区宣教方針ならびに方策(1973年度−1974年度)
基本方針 1.主イエス・キリストに対する礼拝の確立 2.社会における実践 ロ、人間破壊と環境破壊の問題 .....戦後長く沖縄にある兄弟姉妹たちの悲しみと痛みを、わたしたちが放置してきたのも、まさしく、そのような理由のゆえであった。オキナワ教区との連帯は、わたしたちが苦しめる隣人に対し、愛をもって仕える姿勢を見いだしていくとき、はじめて可能となる。ゆえに、わたしたちは、それぞれの地域において、過疎化と過密化に伴っておこる諸問題、さまざまの障害者と社会福祉事業の問題、原爆被爆者や公害被害者問題、 在日朝鮮人の問題などと、とり組みつつ、失われた人間性回復のためのたたかいをになっていきたい。 19760316 第6回常置委員会 14.沖縄教区との連帯に関する件、5万円募金 沖縄教区では終戦後フィリピンからキソール宣教師を招き、その経済援助をアメリカのメソジスト教会がおこなってきたが、アメリカの教会がこの援助を打ち切ることになった。沖縄教区は教団内の教会にその援助を求めている。教会婦人連合がこれをとりあげ。各教区の婦人部が5万円づつ援助するよう求めているが、このような問題こそ教区で取り上げ題であることを協議し、九州教区として5万円の募金をすることを決定した。 (26回総会議案報告48頁)年表 19780504-05 第28回教区総会、於聖公会センター 建議案「『沖縄教区牧師館会堂再建資金募金』実施方法に関する件」承認。 19780905 第3回(臨時)常置委員会、 「沖縄教区牧師館会堂再建資金に関する件」 原案:募金目標300万円(2年間)、対象教会、糸満教会(主任山勝一)・原案に対して、「九州教区がこのようなかたちで募金をおこなったら、教団全体の募金に混乱が起こらないだろうか」との疑問がのべられた。また「教団の現状では、募金に多くの困難が伴うと思われるので、九州教区が率先して具体的に募金することが教団全体に対してよい刺激になるとの意見もあった。
19781114 第4回常置委員会、議事:「沖縄募金」の送付教会を美里教会に変更
19790710 ・第5回常置委員会 ・「沖縄教区牧師館会堂再建募金」 美里教会芳沢弘和牧師が11月11日長崎銀屋町教会の礼拝に招かれ、12日まで滞在される。この機会に13日の常置委員会で懇談会を開くことにした。美里教会の再建計画は当初予算2,700万円であったが、その後の設計変更で予算4,000万円となった。このうち、教会内募金1,500万円、教会積立300万円、借入金400万円、再建資金(九州教区募金)300万円の収入予定であるので、不足金が1,500万円生じることになる。美里教会は何らかの方法でこの不足金を募金しようとしているが、九州教区も次回総会の議を経るなどして何らかの協力をすることが望ましいと考えられる。 (30回総会議案・報告36頁) 19791113 第7回常置委員会、議題: 昼食時、美里教会の芳沢弘和牧師と同教会の「教育館・牧師館 建築計画」(沖縄教区牧師会堂再建募金の対象)について懇談した、・総工費4,000万円 一階駐車場、二階教育館、二階三階牧師館、・戦後学齢期であった人々は事実上学校教育を受けられなかったため文盲の人が多い。この人たちに聖書を読めるように文字を教えてきているが、この働きを今後教育館で、地域の一般市民にもおこなっていきたい。そのために教育館が必要であり、教育館を建築することと駐車場がなくなるので、一階駐車場とし、教育館と牧師館をその上に積み重ねる計画である。 ・九州教区は1978年12月〜1980年12月の期間に目標額300万円の募金を行う。(30回総会議案・報告42頁)年表 沖縄教区援助金 85教会、4団体 1978年度入金 1,013,803円 1979年度入金 1,674,159円 1980年度 787,203円 累計 3,475,165円 ・キソール宣教師募金 9教会 33,000円 (31回総会議案・報告60頁) 年表 19820223 ヤスクニ担当者会、於福岡渡辺通教会、主題「オキナワからヤスクニを問う」講師平良修沖縄佐敷教会牧師、17名 2年以上前から平良牧師を中心に沖縄の慰霊塔の碑文を調査し、それらの多くが戦争の悲惨ではなく、死者の偉勲をたたえる文言に飾られていることを確認し、沖縄と本土の人々の戦争責任を問い直しつつ、そこからヤスクニ問題の本質に迫っておられる貴重なお話を聞いて考えさせられた。また各地区からの
19831122 第5回常置委員会 (ニ)沖縄教区とのジョイントを考えているので、要請文を議長名で出してほしい。
14.沖縄教区会堂牧師館建築援助金に関する件 平松教区主事は標記援助金の残額が529,165円であると報告した。協議の結果、全額を教団に送付することを決定した。(第34回総会議案報告40頁)年表 19840501-06 巡回講演、アル・センチュリアス師、フィリピン合同教会人権委員会幹事、九州全地と沖縄巡回(アジア委員会) 年表 19860930-1001 第12回宣教会議、於九州キリスト教会館、主題「いま宣教とは−次期九州教区宣教基本方針をめぐって−」67名
19870126-28 地方教会研究協議会、於島原簡易保険保養センター、主題「今、沖縄から聞く」講師金城誠昭沖縄名護伝道所牧師、41名 金城牧師はまず沖縄の地図を逆さにして壁に張り、名護伝道所の沖縄での位置を語ることから始められた。名護伝道所は沖縄北部にある教会で、沖縄と言えば常にその南部が話題になり、教会も南部にかたよっていること、沖縄での北部(山原ヤンバル)がもっている問題を一つ一つ丁寧に扱っていく中で「存在するもので不必要なものはない」ことに気づかされたことを具体的な体験に基づいて語られた。沖縄と本土との関係も、沖縄キリスト教団と日本基督教団の合同も金城先生にとってはご自身の置かれた場から問題にされた。「同じ距離でも、僻地(地方)は遠い」「小さく、弱いものは不必要か」といった問いがその中からでてきた。「天皇来沖問題」についても「もし沖縄に頑張って阻止してほしいみなさんが期待されているのなら、どうして沖縄だけに頑張らせるのかと問いたい。本土の人間が天皇を沖縄へ行かせない闘争を放棄しておいて沖縄だけに戦いを強いるのはあの沖縄戦の時と同じではないか」とここだけは語気を荒げて語られた。(第37回総会議案報告55頁)年表 1990年度 九州教区宣教基本方針および基本方策
1989年度 宣教部委員長総括 沖縄教区との交流に関する件が前期委員長より申し送られて来ていたが沖縄キャンプを実施できなかったのは残念だった。前期委員会がせっかく実現させ、沖縄教区からもかなり高い評価を受けただけに、たいへん申し訳なく感じる。沖縄の方々にも迷惑をおかけした。今夏にも再実施を考えているが、今度は失敗しないようにしたい。これも申し送りの讃美歌歌詞の検討は、委員の分業で作業を進めている。秋葉正二さんに教団の教会音楽担当者に出席してもらって問題提起をしたが、どうも讃美歌委員会の反応が煮えきらない。讃美歌をキリスト者の心の歌と考えるか、出版局の売れ筋商品と考えるかに違いがあるようだ。そもそも讃美歌に関する事柄を扱うのが営業機関の出版局だということがおかしい。交読詩編だって同様に教団総会の意向とは関係なく出版されて行くのだ。ともあれ、今期中には一定程度の「問題一覧表」をつくって、みんなに考えてもらいたい。(第40回教区総会議案・報告72P) 19910506-08 第41回教区総会、於九州キリスト教センター 議案2,九州教区宣教基本方策(1991-1992)に関する件 九州教区宣教基本方策(1990-1992)案 <前文> ..... 私たちは同じ過ちを繰り返したくありません。この天皇制問題の前で、歴史に残る共通の宣教の戦いを力強く進めていきたいと思います。なお、このような時だからこそ、沖縄と深い関係を持ち、韓国・朝鮮とも結びつきの強い九州の地にあって、九州教区としての、具体的な課題を進めて行かなければならないと思います。即ち、次のことが緊急かつ重要な課題であると受けとめます。第一は、今期教団総会で決議された、「沖縄キリスト教団と日本基督教団の合同のとらえなおし」が提起している事柄を、沖縄教区と共有する努力をしていく事です。第二は、 在日大韓基督教会総会がKCC九州キリスト教会館建設を決意していることについて、九州教区が主体的に関わっていきたいと思います、この会館は、在日韓国人・朝鮮人の人権闘争のための、これまでの取り組みをさらに押し進めていくための場となります。そしてそれは、在日大韓基督教会総会と日本基督教団の宣教協約の具体的な実質化となります。人権抑圧と侵略戦争が不可分であるとの認識から、平和の実現と人権の回復を求めて取り組んでいる戦後の国際社会の中にあって、私たちもそれに連帯していかなければならないと思います。私たちはこの課題を避けず、誠実に取り組み、新たに変革されながら、教会内、教会間における一致を作りだし、互いに励まし合って、この困難な時代に生きていきたいと思います。そして、終わりの日の希望の信仰に立って、然りは然り、否は否と勇気をもって告白しつつ、今日の日本の状況の中で、今期は特に以下に述べる宣教の使命を果たしていきたいと願います。 <具体的な方策>
(第41回教区総会議案・報告15-18P) 19900625-27 第1回 九州教区「沖縄の旅」 7名参加 19900813-16 第2回 九州教区「沖縄の旅」 7名参加 19901122-24 第3回 九州教区「沖縄の旅」 6名参加
(宣教部報告、第41回教区総会議案・報告83P) |
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