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九州教区宣教のあゆみ  

第5章、宣教師−アジアとの関わり

もくじ

1,日本における宣教師の働きアジアとの関わりにおける宣教師
エフライム・ゲレロ師アジアより宣教師を迎える
a.フィリピンでの菅原教師の歩み

概 要
1, 宣教師の助けを得て伝道し教会形成をするという発想が当初見られる。第7回教区総会議案11,九州教区開拓伝道に対する提案(九州開拓伝道案)の中に、「3,宣教師と日本教会:宣教師は右開拓伝道に主任として働くのであるが、教区内の諸教会とその牧師は勿論これに協力する。現在九州教区で登録された教会は今後も更に引き続き開拓伝道を励行し、その周辺の市町村への開拓伝道をつとめるだけでなく、教区自体の開拓伝道費をささげることに努力をしたい」(第7回総会議案報告24-27P)とある。この時期の宣教師はアメリカ、カナダからであった。2, 1982年、第32回教区総会議案4,「アジアより宣教師を迎える件」が可決された。この議決によりエフライム・ゲレロ師(フィリピン合同教会)が宣教師として招かれ、全教区にわたって精力的活動」をした。さらに、3, 1988年第38回教区総会は議案4,フィリピンへの在外教師派遣に関する件」を可決し菅原一夫教師を派遣した。※宣教師によって生まれた日本の教会であるが、アジアからも迎え、そして、アジアへと送り出すに至った。この経過の中で、初期の宣教師宣教師の働きとその精神について再評価を求められていないだろうか


1,日本における宣教師の働き
19480505 第3回総会 於霧島研修館、建議案:宣教師に関する件 年表194811中旬− ショーラック宣教師教区内青年部指導巡回講演年表

19480512 第4回総会 於別府不老町教会、46名 建議案:鹿児島へモーア宣教師招聘の件 年表

19500503 第五回南九州教区総会、於別府不老町教会、建議案:宣教師招聘の件 年表

19500529 内外協力伝道委員会、於別府永生会館、大分、鹿児島等に宣教師を置く 年表

19551109 九州宣教研究会 年表up.gif

1955年度 職域伝道部報告宣教師テオドール・エッケル氏はカナダ合同教会に訴え2,500ドルの援助をうけ特別委員会を組織し目下その配分中である。(第6回総会議案報告43P) 年表

19570508-09 第7回教区総会議案11,九州教区開拓伝道に対する提案(九州開拓伝道案)序言この提案は1957年1月16日17日別府に開催の九州教区綜合伝道委員会で満場一致可決されたものを基礎としてこの為に上げられた委員らが再三審議をつくしたものである。1,九州教区から見た伝道宣教師 開拓伝道のためには神学教育を受け按手礼を領したる宣教師であることが望ましい。ところで教団九州教区で按手礼をうけた宣教師すなわち伝道宣教師は現在5名である。ルーテル教会8名、バプテスト教会は19名である。その他教伝の外の一教派の宣教師数は概して教団より多い。戦前南北メソジスト教会とリフォームド教会の伝道宣教師は11名おった。戦前のこれら3つのミッションの派遣した宣教師数に比較して現在教団の8つのミッションでその半数にも達していない現状は注目に値すると思 う。戦前右の三つのミッションが開拓伝道費として九州で使用した金額は2万弗から3万弗である。現在教区で開拓伝道に使用されている金額はその十分の一に過ぎないのではあるまいか、ミッションボードからの日本への送金に大差なしとすると他の十分の九はどのように使用されているか一考を要する。これは九州の場合であるが、日本の他の地区でも大体同じ事が言えるのではなかろうか。ちなみに、バプテスト教会では学校宣教師は全て伝道宣教師であって、ほとんど全ての学校宣教師が直接開拓伝道に熱中している。この事実は教団関係の学校派遣宣教師派遣の際にも大いに参考にすべき事実である。2,九州開拓伝道案と宣教師九州教区では教区を九つの地区に分割しているが、各地区に於ける開拓伝道地は左記94ケ所である。(略)右のほか九州に於ける人口3万人以上の市で教団教会のな い市が24市あるが、他派の有力な教会のあるものは5を除くと次の19市となる。但し、前出の伝道柚の木は松浦市にあるのでそれを除くと16市となる。第二次計画案としては第一次計画につぐ6ケ年間に毎年3名ずつの按手礼を領したる宣教師の派遣を求め、前記の教会なき18市に各1名の宣教師を送りたい。尚、こうした際であるから、現在伝道に従事中の老練な伝道宣教師の定年制についても九州教区に関する限り特に除外例を求めざるを得ない。3,宣教師と日本教会宣教師は右開拓伝道に主任として働くのであるが、教区内の諸教会とその牧師は勿論これに協力する。現在九州教区で登録された教会は今後も更に引き続き開拓伝道を励行し、その周辺の市町村への開拓伝道をつとめるだけでなく、教区自体の開拓伝道費をささげることに努力をしたい。(第7回総会議案報告24-27P)

19571105 第5回常置委員会 於聖星館1.CEC開拓伝道地協力牧師、協力宣教師の件 承認津久見教会(東島牧師、シェーバー宣教師)富高教会(吉間牧師、シェーバー宣教師)阿久根伝道所(村上五男牧師、メーヤー宣教師)(第8回総会議案報告32P)

19600512-13 第10回教区総会、於福岡中部教会キリスト教主義学校挨拶報告 福岡女学院本田正一、鎮西学院 鮫島盛隆、長崎外語短大 青山武雄、活水短大宣教師団より祝電、議長の名をもって返電19600600 宣教師による巡回伝道、4地区35ケ所、伝道部、5宣教 年表19600708-28 映画伝道、20ケ所、伝道部、宣教師レーマン他

19600712 第3回常置委員会 於バイラー宣教師館1.教区主体性強化に関する件佐賀地区の宣教師に関する件(b)延岡東海伝道所をE方式開拓伝道地指定申請の件(c)大之浦教会付属幼稚園補助の件(d)杵築教会付属幼稚園土地購入及び園舎建築補助申請の件について報告あり、承認された。

19620124 第7回臨時常置委員会  豊山会館CEC報告承認 森分喜平より次の如く報告があり承認された。(イ)各地区に宣教師を必要とするので、各地区毎に具体的な計画と必要とを記した招聘状を作成し、教区でまとめて、機会をとらえてアメリカのボード及び教会に訴えたい。(ロ)久大線及び筑肥線沿線の教会に宣教師による応援伝道を実施する。19620124 第7回臨時常置委員会  豊山会館CEC報告承認 森分喜平より次の如く報告があり承認された。各地区に宣教師を必要とするので、各地区毎に具体的な計画と必要とを記した招聘状を作成し、教区でまとめて、機会をとらえてアメリカのボード及び教会に訴えたい。久大線及び筑肥線沿線の教会に宣教師による応援伝道を実 施する。(ト)ミュリエル・ステファンソンの九州問安については、伝道部においてスケジュールを作成する。

19630122-23 第4回常置委員会、於別府豊山会館12.COC提案に関する件(ニ)宣教師J3の宣教活動に関する件(a)受け入れ式を教区総会において実施するよう考慮すること(b)新任宣教師のオリエンテーションを伝道部において実施すること(c)3年目のJ.3のために青年部で教会を応援する適当なプランをつくること (第13回総会議案報告書33P)年表

19630709 第3回常置委員会、於ミーク宣教師館1.九州教区協力委員会選任報告の件次のように報告された。教会=(長)田中道宣、(書)村上銑弥、森分喜平、大野寛一郎、森俊治、東島鷹次、宣教師=R.ノルデG.レイマン、E.シャイマー、M.メーヤー、学校=柿薗ヤエ、鮫島盛隆、社会事業=村上治

19641117 第3回常置委員会、於ミーク館4.昭和40年度1月 教区年度協議会開催の件従来、別府で行っていた教区伝道協議会を年度協議会として開催する。協力伝道・宣教師問題について討議する時間を別に組み入れる。以上のように村上伝道委員長より説明があり承認された。 (第15回総会議案報告書24P)年表

19650713 第2回常置委員会、於福岡女学院3.L.キースリー(宣)大里白金伝道所主任招聘の件山田忠(北九州地区)より伝道所の事情について説明があった。同伝道所に北九州地区委員に後任招聘につき委託を受けていて、山田忠、山本繁夫両君が、L.キースリー宣教師に交渉した結果、 しばらく同伝道所を助けるため後任を承諾されたので今回の申関係を密にすることが協議され、申請を承認した。

19670711 第2回常置委員会、於福岡中部教会6.伝道部委員会に関する件委員会協力宣教師委嘱の件、委員会が担当制となったので協力宣教師を委嘱することを決定し各担当一名宛依頼することを承認した。 (第18回総会議案報告書18P)年表

19710000 ・教区幹事活動報告   報告者 土浜達司2,主要な活動E教区外活動 宣教師会議出席 (第22回総会議案報告48P)19720612-13  地区担当者会 各地区からの報告によって多様な問題の存在することが改めて明らかになった。例えば、(ヘ)宣教師との協力関係等。  (23回総会議案報告57P) 1972年度 ・教区幹事活動報告   報告者 土浜達司2,主要な活動 E教区外活動  宣教師会議出席(第23回総会議案報告51P)

19730709-10  地区担当者会、於聖公会センター、議題:「宣教師の問題」伝道についてであったが、この点については各教会が教区宣教基本方針並びに方策をよく考慮した上で判断することが望ましい、ということと共に教区としてあるいは宣教部としての指示はしない方がよいということになった。その他宣教師の問題年表(24回総会議案報告55P)

19730710  第2回常置委員会9.ズワイグ・ハイゼン(宣教師)招聘に関する件福岡地区よりズワイグ・ハイゼン宣教師派遣申請書が提出されている。その内容は福岡地区として宣教師との協力宣教計画を建てていないが、津屋崎、東郷、周船寺、前原の四教会が宣教との協力宣教計画を建て、福岡地区を通して該宣教師の派遣申請を提出した。福岡地区は6月17日臨時総会を開き、この件につき賛否両論伯仲する討議を長時間重ねた末賛否両論を付す』という条件つきで該申請書を提出することを決議したものである。この経緯については松井敏郎福岡地区委員長および山城順福岡地区書記(陪席)より更に詳細に亘って説明を聞いた。協議の結果、常置委員会としても、これらの経緯を付して福岡地区の申請を教団に回付することを決議した。(24回総会議案報告27P)

19740329 第6回常置委員会24.「教団宣教師人事部よりの依頼に関する件」教団宣教師人事部よりJ.ズワイグ・ハイゼン宣教師の人事について次のような依頼があった。その内容は「1979年9月のJ.ズワイグ・ハイゼン宣教師の任地について教団宣教事部は@津屋崎、東郷、周船寺、前原の4教会の協力宣教計画 A福岡地区総会における諸見、Bこの二つをふまえた九州教区常置委員会の扱い、Cズワイグ・ハイゼン宣教師のカウンセラーの見解、ズワイグ・ハイゼン宣教師野三女ハイデの白血病の治療の可能性 E教団宣教師人事担当の幹事による出張調査の結果などを検討し、また日本国内の諸教会からの宣教師招聘の要請があることおよび在日宣教師の人員不足の状況の中でズワイグ・ハイゼン宣教師の最も働きやすい任地として京都教区を適当と判断し、京都教区はこれを歓迎している。つい ては、この教団宣教師人事部の扱いを常置委員会で承認して、かつ要請の出ている4教会にそれを伝えてほしい」というものであった。これを承認した。 (24回総会議案報告45P)年表19760316 第6回常置委員会14.沖縄教区との連帯に関する件、5万円募金 沖縄教区では終戦後フィリピンからキソール宣教師を招き、その経済援助をアメリカのメソジスト教会がおこなってきたが、アメリカの教会がこの援助を打ち切ることになった。沖縄教区は教団内の教会にその援助を求めている。教会婦人連合がこれをとりあげ。各教区の婦人部が5万円づつ援助するよう求めているが、このような問題こそ教区で取り上げ題であることを協議し、九州教区として5万円の募金をすることを決定した。(26回総会議案報告48P)年表2,アジアとの関係

19791113 第7回常置委員会、議題:19810918 アジア委員会、・中津扇城教会で韓国との交流について実状を聞く同教会の韓国訪問及び韓国より牧師・信徒を招いての伝道会の経験、またフィリピンへの宣教師の支援の様子をうかがいつつ、アジアとの交流の意味や可能性について、さらに、宣教をどう理解するかについて意見の交換を行った。(32回総会議案・報告72P) 年表19820125 第2回地区委員長会, 第5回常置委員会報告(ロ)アジアから宣教師を招く件について九州教区アジア宣教委員会からの説明を聴いたことに関して意見の交換をした。(第32回総会議案報告46P) 年表

19820504-05 第32回教区総会、於宮崎国民宿舎青島、 議案4,「アジアより宣教師を迎える件」可決。九州教区が1984年度にアジアより宣教師(協力牧師)を迎えることを決意し、そのために資金を含め準備を開始する。予算(350万円)は、1982年度60万円、1983年度70万円、1984年度70万円を負担金化し、150万円は1985年度教区重点施策費を充当する。(説明)1. 期間 1年とする牧師像 30-40才代で、単身で赴任してもらう。母国で牧会経験をもっていることが望ましい3. 活動の意味及び内容イ,教区内各地区を一定期間、地区の実情に応じて巡回する。ロ,アジアの現状とそこでのキリスト教の課題について語ってもらう。ハ,日本の教会や各地の運動にふれて、率直な意見や問題点を指摘してもらう。ニ,今日の教会の使命や日本のおかれている意味について対話を行う。ホ,短期間の交流であっても、アジアの視点から見えるものがあり、日本の教会が謙虚に聴くべきものがあることを理解する。ヘ,人選については、アジアキリスト教協議会(CCA)と密接な連絡をとる。4. 予算 (略)教区特設委員会である「九州教区アジア宣教協力委員会」は上記議案が総会で承認された段階で解散し、以後の具体的推進は宣教部が担当することとする。(第32回総会議案報告20P)19820929-30  第8回宣教会議、於福岡中部教会、主題「教区・地区において協力しあう教会」発題山田忠男、原野和雄、吉新治夫、塩見耕読、参加者55名 教区宣教基本方針の第3項「教区・地区において協力しあう教会」を主題とした。発題「シェーファーさんの活動と北九州地区」原野和雄、持てる者から持たない者への一方通行を表しがちな「宣教師」という言葉でなく「協力牧師」と呼ぼうと地区で確認したが実質はやはり「宣教師」としてしか受けとめ得なかった実情と問題点が語られた。 (第33回総会議案報告56P)年表19821109 第6回常置委員会4.九州キリスト教センターに関する件田中議長と大村幸生九州キリスト教センター用地管理委員長は九州キリスト教センターに関して次のとおり報告をおこなった。「11月2日乙幡和雄教団幹事と藤田祐宣教委員長が教区 事務所に来られ、センター問題について協議した。宣教師団が 所有する財産の処分については、教団宣教委員会が推薦したものを教団内外協力会(COC)に提出することになっている。聖星館の土地に関しては、先の宣教委員会で委員長一任とされているので、九州教区の意見を聞きたい、ということであったので説明を行った。後日、藤田委員長から、推薦を決定しCOCに提出した、という連絡を受けた」「センター用地の北側隣接地(60坪)に、建物の建築がはじまっている。将来センターを建築すると、日照権が問題になると思われるので早めに建築主と話し合いたいと考えている」。以上の報告を承認した。19830201 第7回常置委員会7.九州教区アジア宣教協力委員会報告 犬養光博委員長は教区総会に提出する議案「アジアより宣 教師(協力牧師)を迎える件」の素案を提出し、説明をおこなった。それによると、当初1984年度招聘の目標を1986年度に延長し、その間に招聘の諸準備をすすめることになっている。犬養光博委員長は準備の一環として今年6月頃に、教団部落解放センターがインドのケララ州からK.J.ジョーン牧師を1ケ月の予定で招く計画があり、九州教区にも迎えたいと考えている、と報告した。(ハ)以上の報告を了承し、議案については委員会において更に検討を加えるよう要望した(第33回議案報告15P)年表議案2,アジアより宣教師(協力牧師)を迎える件 可決。九州教区は、教区宣教基本方針(1981-1985年度)の具体的展開として、1986年度を目標に、アジアより宣教師(協力牧師)を迎えることを決議する。九州教区はこれからの3年間を準備期間とし、そのための諸条件を検討し、各地区、諸教会の理 解を深めるための方策を講じると共に、短期の交流をこころみるなど、準備に取り組む。上記の事柄をになう執行期間として「アジア宣教協力委員会」を教区の特設委員会として設置する。本年度は、講演会、短期の交流等、活動費として10万円、委員会費として3万円、計13万円を計上する。説明  略19830927-28 第9回宣教会議、於福岡中部教会、主題「在日大韓基督教会との宣教協約をめぐ14.ウォーレン宣教師よりの申し出に関する 件 ウォーレン宣教師は、九州キリスト教センター企画委員に関わるなかで、教区内の婦人牧師の働きについてレポートをまとめUMCの機関誌に提出したいと考え、教区の了解を求めている。これを了承した。 (第33回総会議案報告47P)

19841002-03 第10回宣教会議、於福岡中部教会主題「今日の宣教−九州教区宣教基本方針をめぐって」 54名「九州キリスト教センター」ウォーレン宣教師病気のため、浅野直人氏代読。センター活動は今から生まれるのであった、その働きは教区、地区、宣教部、在日大韓基督教会との関わりの中でなされ、当面は婦人、青少年の問題から取り上げようと考えていると述べた。 (第35回総会議案報告54P)年表

19841008-10 アザライア師(インド合同教会)巡回、北九州、福岡地区、部落差別について研修

19850503 第1回臨時常置委員会13.九州教区アジア宣教協力委員会に関する件九州教区アジア宣教協力委員会は、1986年度に協力牧師(宣教師)を迎える準備をすすめている。このため当該委員会の継続を決定するとともに、現在の委員を再任することを決定した。なお、土居通昭委員については、今回の総会で宣教部委員を退任したため、代わりの委員を選任することとし、その決定を宣教部に委託することを決定した。(第36回総会議案報告24P)

19850723 第2回常置委員会20.九州キリスト教センター館長招聘に関する件田中議長は、前西日本新生館館長、G.ブラガース氏を九州キリスト教センター館長として招聘する件を提案した。検討の結果、ブラガース氏を教区宣教師として招き、九州キリスト教センター館長に招聘することを、九州キリスト教センター運営委員会に発議することを決定した。 (第36回総会議案報告31P)

19860414-0714 エフライム・ゲレロ師(フィリピン合同教会)、宣教師として招かれ、全教区にわたって精力的活動をする。報告書発行

19870120 第5回常置委員会 5.アジア宣教協力委員会報告(イ)ゲレロ牧師の報告書をNCCアジア資料センターより出版する予定である(ロ)次年度迎える宣教師は、南部九州を中心に3ケ月活動をおこなう。(ハ)宣教師を迎える活動を終えても、委員会を存続させたい。(第37回総会議案報告42P)年表

19870922 第4回(臨時)常置委員会、於九州キリスト教会館21.アジア宣教協力委員会報告フィリピンより宣教師を迎えることに関して、9月17日現地委員会を開催し、プログラムを検討した菅原一夫教師を1988年より2年間フィリピンへ宣教師として派遣する費用は全て日本側が負担し、概算として400万円(年200万円)が予想される。その財源としては、教区会計より年間50前記アジア委員会の報告を受け検討した結果、標記の件を第38回教区総会の議案とすることを賛成多数をもって可決した。尚、フィリピンでの活動内容、派遣後の受け入れについてさらに検討を深める事を要請した。又、教区総会決議後派遣式をおこなうことを確認した。  (第38回総会議案報告41P)

19880504-05 第38回教区総会、於九州キリスト教会館議案4,フィリピンへの在外教師派遣支援に関する件 1,九州教区は、日本基督教団が1988年7月より2年間菅原一夫教師をフィリピンへ在外教師として派遣するにあたり、これを支援することを決定する。2,そのための費用550万円は以下のように予算化する。(略)提案理由1980年5月の第30回教区総会で「在日大韓基督教会並びにアジアから諸教会との宣教協力の推進について」の議案を可決して以来、九州教区はアジアとの関わりを積極的にすすめてきた。特にフイリピン合同教会(UCCP)からは、アル・センチュリアス牧師(1985年5月)、エフライム・ゲレロ牧師とその家族(1986年4月-7月)、ミンダ・グラン牧師(1987年11月−1988年1月)、エリアス・エリアー牧師(1988年1月−2月)と、次々に招いた。ゲレロ牧師は 、九州教区の全地区を巡回してフィリビンの状況、日比関係、その中での教会の役割等を精力的に語られ、アジアの文脈で今日の教会を見直すことを強く迫られた。ミンダ、エリアス両牧師は特に鹿児島地区を中心に活躍され、九州の地方教会が具体的にフィリピンとどんな関わりが可能かを示された。また、これらの方々からは単にアジアのことを学ぶだけでなく、沖縄、水俣等共に学習する中で、今日の宣教とは何かを鋭く問われた。一方、九州教区からもアジア委員会の菅原一夫教師、相原一博教師をはじめ、1986年度には田中道宣議長(当時)をはじめとする11名の方々がフィリピンへ行き、研修と交流の時をもった。そういう歩みの中でUCCPの側から、特に菅原一夫教師に対してフィリピンに来て宣教の業を担って欲しいとの要請があった。九州教区はこのことをこれまでの歩みの延長として位置 づけ、菅原一夫教師を2年間フィリピンへ送ることによって、今までにもましてフィリピン合同教会との交わりを密にし、そこでの体験を通して今日の宣教の問題を共に担おうと考えた。  (第38回総会議案報告18頁) 年表19880700 アジア宣教協力委員会は菅原一夫牧師をフィリピンへ派遣、予算500万円で二年間の予定 年表19880812-18 沖縄青年キャンプ、41名
1986年7月1-3日、「ゲレロ牧師と共に沖縄に学ぼう」の呼びかけに応じて、50名もの者が沖縄研修に参加した。過去にも九州教区と沖縄との関わりはあったが、この訪問は新しい関係の端緒となった。翌1987年1月、島原で行われた地方教会研究協議は「今、沖縄から聞く」を主題に金城誠昭先生をお招きした。参加者たちは沖縄との交流、とりわけ教区の次代を担う若い人達の交流の必要を痛感し、九州教区から教会青年を沖縄に送ることを協議会名で提案した。今回の沖縄青年キャンプはそれに応えて宣教部で主催したものである。(第39回総会議案報告62頁) 年表議案4,菅原一夫氏を九州教区の巡回教師とする件現在、在外教師としてフィリピン滞在中の菅原一夫氏を1990年7月1日より1991年3月31日まで、九州教区の巡回教師として迎 える。理由菅原氏のフィリピンでの体験を九州教区全体で分かちあうた めに、しばらくの期間、要請に応じて、九州教区の各地区、各 教会をまわっていただくことは、菅原氏をフィリピンに派遣し た九州教区の課題である。このため巡回教師とする。2.これに要する費用として、アジア宣教資金の残額が約70万円あり、さらにこの23年間行ったフィリピン宣教募金をもう1年 継続し、約150万円献金していただき、合計220万円をもって予算とする。 (第40回教区総会議案・報告14P)19881129 隅谷三喜男講演会、「アジアのキリスト教は今」於九州キリスト教会館、方策に向かって− 年表19890505 第1回(臨時)常置委員会27.第39回教区総会よりの委託事項に関する件ヌ)ヴィスミンダ・グラン牧師に関する件協議の結果、フィリピン政府、大使館等への講義分を教団と連絡の上作成すること、並びにの他の調査等についてもアジア宣教協力委員会に委託することを決定した。(第40回教区総会議案・報告30P)

19890000 第39回教区総会、於九州キリスト教会館、議案1,臨時特別委員会継続並びに委員選任に関する件教区規則により設置された下記の臨時特別委員会の継続並びに委員の選任を提案する。教区規則第42条の2 本教区に特設委員会を置くことができる。1.九州教区アジア宣教協力委員会

19891120 第5回常置委員会 於九州キリスト教会館犬養光博標記委員長は別紙資料(略)にもとづいて提案を行った。それによると、1989年12月より1990年3月末までに200万円を目標として、ヴィスミンダ・グラン牧師の遺児等に対する教育費ファンド募金を行うことを教団に要請し、教区も積極的に参与するものである。検討の結果、上記要請を教団に行う事を決定した。 (第40回教区総会議案・報告52P)

19910130  第6回常置委員会 九州キリスト教会館8.菅原一夫在外教師フィリピン活動報告菅原一夫教師は挨拶と支援に対する感謝を述べた。続いてフィリピンの状況と今後の活動計画について説明を行った。入江清弘常置委員は菅原一夫教師のために祈祷を捧げた。(第40回教区総会議案・報告54P)

19900313 第7回常置委員会22.菅原一夫教師を九州教区巡回教師とする件(1)志村真アジア宣教協力委員は別紙資料(略)に基づいて標記の件について説明を行った。それによると、菅原一夫在外教師のフィリピン派遣が終了する1990年7月1日より1991年3月31日まで、菅原一夫教師のフィリピンでの体験を教区全体が分かち合うことを目的として教区の巡回教師とするものである。予算は63万円の支出を見込み、内50万円をフィリピン宣教募金残額より、13万円を教区より支出する計画である。 (第40回教区総会議案・報告63P)24.菅原一夫教師を九州教区巡回教師とする件(2)アジア委員会の原案について協議を行い、アジア委員会原案に予算63万円は、最低限であり、できる限りの努力をすることを確認した。菅原一夫教師を教区の巡回教師とする事とし、予算63万円の内53万円をフィリピン宣教募金の残額より、10万円を教区予算より、支出することとし、更に募金をもって充当することを決定した。以上のことを第40回教区総会議案とすることを賛成多数をもって決定した。(第40回教区総会議案・報告63P)1989年度 九州教区アジア宣教協力委員会報告 3.活動概況(1)在フィリピンの菅原一夫牧師の働きと支え1988年7月に、2年間の予定でフィリピン(UCCP)へ派遣した菅原一夫牧師の働きが今年6月で完了する。フィリピンでの具体的な菅原一夫牧師の活動については「フィリピン便り・菅原」に詳しく書かれているのでそれを読んでいただきたい。「フィリピン便り・菅原」の発行 8,9(4月6日)、10,11(8月25日) 14,15(12月1日)ヴィスミンダ・グラン牧師追悼礼拝、5月19日(金)19-21時於鹿児島教会70人。昨年の九州教区総会の席上ヴィスミンダ・グラン牧師狙撃されるとの一報が伝えられ我々を驚かせ悲しませたが、グラン牧師が主に働かれた鹿児島地区の協力を得て追悼礼拝を持った。席上集められた献金134,000円は菅原 牧師の手を通して、グラン牧師の遺児に届けられた。なおグラン牧師殺害事件の詳しい報告は「フィリピン便り・菅原」の10,11 合併号(1989年4月5日)参照。ヴィスミンダ・グラン牧師の遺児等に対する教育費ファンド募金開始グラン牧師遺児に対して教育費の募金をしてほしいとUCCPから要請があり、積極的に受けとめカンバ総主事と相談した結果UCCPはグラン牧師と同様のケースを多数かかえており、教育費のファンド作りを始めているのでそれに協力して欲しいとの事なので目標額200万円、期限1990年5月31日までとし、教区内に募金活動を開始した。 f.フィリピンでの菅原牧師の働きをめぐって 今年度の委員会活動で最も時間をとり、苦労したのはこのことだった。「フィリピン便り・菅原」を通じて我々に伝えられるUCCP関係者と菅原牧師との関係は決して友好的なものではなく、しばしば攻撃的であり、反発であった。2回の菅原牧師の帰国時には委員会で菅原牧師を含めて時間をかけて話し合った。また9月から10月にかけて委員会の数名がフィリピンを訪ねた時にはUCCP側の数名の方々とも率直に話し合った。特に、ヴィスミンダ・グラン牧師とミンダナオ教区の教区長と菅原牧師との厳しい関係に関しては、グラン牧師は亡くなったので問題にすることが出来なかったが、ミンダナオ教区の教区長に関しては一応の和解が成立した。しかし、ゲレロ牧師に対する菅原牧師の批判的等なお問題を残したままである。グラン牧師、ゲレロ 牧師、菅原牧師のパーソナリティの問題と無関係ではもちろんないが根本的にはUCCPやUCCJ(九州教区)がこういう形で関係を続けていく場合に、お互いの考え方や行動の仕方が全く違い、それが理解出来ずに起ってくる場合が多い。6月に菅原牧師の活動が完了した段階で、委員会としての総括を出す予定である。g.「バターン反戦・反侵略のための行進」への参加菅原牧師より、かつて日本軍が米比の捕虜9万人を60キロ歩かせた、いわゆる「死の行進」道路を「バターン平和と和解のための生命の行進」として歩きたい。その行進に教団、教区からも参加してほしいという要請があった。委員会で討議した結果、すでにUCCP側も共同で計画を進めていることもあるので、(しかし、予算的には何の準備もないので)、最低教団と教区から一名ずつこの行進に人を送るようにそれぞれ要請することにした。なお、フィリピン 側の意図に添って「バターン反戦・反侵略のための行進」として位置づけることにした。h.帰国後の菅原牧師の身分について菅原牧師は6月で任期満了で帰国されるが、年度途中でもあり、又、菅原牧師のフイリピンでの体験を九州教区の各個教会がシェアーするためには、各地区各個教会の要請に基づいて菅原牧師が自由に報告できる期間が必要であるという判断に立って、常置委員会に対し、今年7月より来年3月まで菅原牧師を教区の巡回教師として認めることを要請した。予算は9ケ月×7万円=63万円 ジェーンさん(UCCP国際局)、オリガリオ医師(シリマン大学)を日本へ招く件上記の要請が菅原牧師よりあったが、委員会で討議した結果、こちら側に何の計画もない現在は無理だという判断をした。(2)委員会のフィリピンツアー犬養、相原、秋葉、志村(以上委員) 清田勝成、山本爽起子、布田秀治、島田雅美、田中牧子(農村伝道神学校生)、荒川奈津江(広島牛田教会)1.ヴィスミンダ・グラン牧師夫妻の追悼礼拝をUCCPと共催でUCCOの礼拝堂で持った。2.UCCPと九州教区との関係についてカンバ総主事と話あった。ゲレロ牧師が教区長のSELCを含むLuson Jurisdiction と九州 教区が関係を持つ事になった。3.「グラン牧師遺児の教育費ファンド」について話し合った。(第40回教区総会議案・報告87P)19890811 高俊明先生講演会 13時より 九州キリスト教会館 講演 「台湾教会の現状とわれわれの課題」 アジア宣教協力委員会(第40回教区総会議案・報告87P)1989年度 九州教区アジア宣教協力委員会報告4.評価と反省「「地区委員長会」からも、委員会として菅原牧師派遣の総括が求められているが、いまだ派遣の途中で全体的な総括が出来る時ではない。菅原牧師の帰国を待って必ず総括を公にしたい。それは、我々がアジアと関わることがどういうことなのかを明らかにしてくれると思う。台湾等具体的に協力を求められている所と何らかの交流をはじめたい。5.会計報告(略) 1990年度九州教区巡回教師活動報告 2年間のフィリピンでの宣教活動を終えて、1990年6月末帰国 しました。同年7月より1991年3月末まで、九州教区の巡回教師として、主に九州教区内で、約60回私のフィリピンで学んだ事をお話しました。お話をした場所については、名簿順に別表に記しておきます。巡回教師の期間がこのように限られていなければ、もっと多くの地区、教会、他教区でも話す機会をもっていただけた事と思われます。話の主な内容は次の通りです。礼拝説教 Aフィリピンの問題(歴史的、現在的)と困窮 B日比関係(戦前、戦中、戦後、未来)、C援助の問題(ミシン募金を含む) D死の行進、生命の行進 Eフィリピンの教会(BCCを含む) F平和 G便利、快適、豊かさの問題、等々。 使用聖句は創世記1:27,イザヤ書2:4 マタイ6:24 詩編23,100 使徒行伝16エペソ書2:10  私たちはアル・センチュリアス氏を通して初めてフィリピンの現実に触れました。私たちはその時とても驚きました。私は巡回教師としての働きを通して、アル・センチュリアス氏をお迎えした当時に比べて聴衆の認識と質問及び反応には着実な手ごたえがあると感じました。聴衆の方々の中には戦争体験をお持ちの方々も少なくありません。軍隊の経験をお持ちの方々もいらっしゃいます。そういう方々がフィリピンの困窮や日本のあり方、平和の問題を、自分の事柄、信仰の事柄として理解を示して下さったのは、わたしにとっても嬉しい事でした。アル・センチュリアス氏を初めUCCPから3人の宣教師の方々は、彼らでなければ果たせない大きな働きをなさってくださいました。それを下地として、日本人がフィリピンで宣教師として体 験した事を、日本語で報告し得た事は、聞いて下さる方々に理解が容易だっただろうと思われます。九州教区の歴史の中で、巡回教師として働かれた方がいらっしゃったのかどうか、私は知りません。私の場合は9ケ月という期間内で、フィリピン体験を九州教区内の地区、教会等にお伝えするという目的で巡回教師の務めを与えられました。色々な地区、教会また人々と交わりを与えられ、アジアに対する関心が一層進展したのは喜ばしい事と思われます。巡回教師として話した場所(主に教区の名簿順による)北九州地区 若松、若松浜の町、飯塚教会、田川教会、福吉伝道所、      
地区人権委員会福岡地区  福岡警固教会、福岡城東橋教会、西福岡教会、香椎教会、  春日東教会筑後地区  筑後地区超教派8.15集会佐賀地区  佐 賀教会、佐賀地区集会、波佐見伝道所・伊万里教会・相  知教会合同クリスマス礼拝、波佐見伝道所クリスマス祝会長崎地区  長崎馬町教会、佐世保教会、平戸伝道所、島原教会、長崎  地区役員研修会熊本地区  地区婦人会集会、熊本白川教会、熊本白川教会武蔵ケ丘集  会 八代教会、牧師会大分地区  佐伯教会、大分地区集会宮崎地区  宮崎教会、都城城南教会、地区青年部集会鹿児島地区 鹿児島教会、鹿児島鍛冶屋町教会教区外   福岡女学院短大礼拝、西南学院高校講演会、自由学校講義、  福岡女学院大学礼拝、YWCA水俣集会、熊本YMCA.YWCA合同   集会、西南大学シンポジウム、首里教会、佐敷教会、名護  伝道所、宜野湾セミナーハウス、上地教会、沖縄キリスト  教短大礼拝、京都守山伝道所(第41回教区総会議案・報告86P)1990年度 九州教区アジア宣教協力委員会報告 3.活動報告(1)菅原一夫教師の働きと支え2年間のフィリピンでの働きを終えて6月末、菅原一夫教師は帰国された。7月からは九州教区の巡回教師としてフィリピンでの体験を各地区、各個教会で分かち合うべく3月末まで働かれた。教区巡回教師としての働きについては、別項の「巡回教師報告」を見て頂きたい。又、菅原教師の二年間のフィリピンでの働きについては「フィリピン便り・菅原」で逐次報告されていたが、まとめて一冊の本として出版したいと願い、その計画を立てたのだが、主として菅原教師の都合で実現出来なかった。委員会としてのまとめや、総括もその本との関係で公にするべく考えていたので延び延びになってしまった。次期委員会で活動報告、総括を含む パンフレットを出したいと願っているので詳細はそれに譲り、ここでは最小限の報告と総括だけを記したい。a.フィリピンでの菅原教師の歩み 当初の計画では最初の一年はDCNM(北ミンダナオ教区)に所属し、後の一年はマニラのUCCP事務所に所属し各地をまわる予定であったがDCNMが菅原教師を宣教師として迎えるための準備を何もしていなかったため4ケ月で切り上げ、マニラに移った。以後以下に挙げる地域へ体験取材旅行をした。事実捜索使節 ジェネラル・サントス、南部ネグロス(東ネグロス、西ネグロス共に)、ディゴス、ダバオ、これらの使節を通して、軍やCAFGU、いわゆる熱狂主義者の暴力についてより詳細に知り得た。それらの犠牲者たちは現政府と小数エリートによる犠牲者であるのみならず、われわれ(即ち日本を含むいわゆる先進国)の経済侵略に苦しむ犠牲者でもあるのだ。殺された人々の死体のあり様は、私自身を含むそれらの者に対する審判の 象徴に他ならないと思う。SELC(東ルソン支教区)のいくつかの地域へイクスポージャー(調査・取材旅行)ミンドロ島でのイクスポージャー  ここでも小数民族マンヤン族の生活とその問題を知ることができた。彼らは都市部とは隔絶した生活スタイルで暮らし、自然によって生きている。貨幣経済に毒された我々が学ぶべきものは多い。コルディエラ地域へのイクスポージャー マルコス前大統領が巨大なダムを造ろうとした時、それを阻止した人々に会い、日本の「熊谷組」のマークのついた日本性の車両や建設機械が使われているのを見た。特に山岳地帯では森林が相当切り倒され、大小の地滑りが起こっているのを見た。人命や自然を大きく破壊している。畑で使われている種苗のすべてが日本から缶詰されて送られてきたものだと知って驚いた。しかし、山を越え て訪ねたバナウエでは伝統的な農業方法と生活スタイルが保たれていてとても魅力的であった。
ネグロスにおける難民 私は都合7度ネグロスを訪ねたが、その多くを難民と、その他の貧しい人々の所を訪ねる事に費やした。シパライを訪れ、そこで、はしかにかかって亡くなった5人の子ども達を見た時、私は大変な怒りを覚えた。なぜなら、私は彼らの苦しみの主な原因が先進諸国と、ほんの僅かなフィリピン人エリートだということを認識していたからだ。そこで私は可能な限りその人たちの所に滞在しようと決意した。結局私は、去年のクリスマスから今年の1月10日までの約20日間、その所に滞在し、彼らと同じ物を食べたのであった。強制疎開を受けた人たちの間で生活して、私はヘロデ時代に生まれたわれらの主イエス・キリストも、まごうことなく一人の難民であるとの聖書的メッセージの真実を知り得たように思う。神が共におられるのはこれらの貧しい人々なのだという ことを、私は彼らから教えられたのだ。EPREDA FBUKLD G 90近くのUCCPの地方教会を訪問した以上は菅原牧師がUCCPに提出された英文のレポート「交換宣教師活動報告」よりb.委員会としての菅原教師の二年間の歩みに対する総括最大の問題はUCCP側は菅原牧師の働きに具体的な期待をもっていなかったのに、我々は何か期待されていると思っていたことにある。UCCP側は菅原教師がフィリピンの状況をよく見て、それを日本に伝えてくれればよい位にしか考えていなかった様子だ。「2年間、そこで生活することこそ宣教協力」と考えていた し菅原教師の体験を通して我々が学ぼうとしていたので、二年間委員会として菅原教師に何事かを指示したことはないし、チェックするなど考えてもいなかった。しかし例えば「フィリピン便り」のミンダ牧師についての記事など、やはり委員会として検討し、ある程度のチェック機能を持つべきではなかったかと反省させられている。しかし、そう出来るためには委員会としても例えば宣教師とは何かと言った基本的な問題について議の委員会にはそこまでの力はなかった。マイナス面を先にあげてしまったが、菅原教師の働きを通して九州教区内にアジアについての関心が深まり、それも単なる観光や援助というのではなく宣教論、教会論の問題としてとらえつつあることは大きなことだと思う。教団でも10年間にわたる九州教区のアジアとの関わりが高く評価されている。又、「 生命の行進」など菅原教師によって始められた事柄を今後具体的に継続して行く事を通して、UCCPとの関係はさらに密なものになるにちがいない。「フィリピン便り・菅原」の発行 16,17(6月20日) 18(最終号12月10日)d.菅原教師教区巡回教師就任式並びに帰国報告歓迎会 7月9日(日)17:30-21:00 於九州キリスト教会館4.評価と反省菅原教師の巡回教師としての働きを通して、菅原教師のフィリピンでの貴重な体験はかなり分かちあうことができたと思うが、本に出来なかったのは残念である。総括を含めてパンフとして是非残したいと思う。今後のフィリピンとの関係、又、アジアの他の国々との関係についても限られた歩みではあっても始めて行きたい。そのために教区のアジア通信が発行できないかと考えている。(第41回教区総会議案・報告99P)

九州教区宣教のあゆみ  
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