| 1923 博多オイコス(家の教会) 一年ぶりに念願かなって、村上満里子さんの集会に参加した。東区馬出の新築一軒家の一階が集会所で、6名が集った。 私の春日東教会時代の友二人とも会い、懐かしいひと時を過ごした。村上さんは幼稚園の園長のかたわらオイコスで宣教活動をし、福岡ホームレス支援 おにぎりの会などのつながりで、メンバーが生まれ、夢を実現しつつあるようでした。午後3時から、集会所は子ども食堂が計画されていた。活動に祝福を祈った。 2019/12/08 1922 クリスマス オラトリオ 翻訳のこと ヘルムート リリンクが指揮するクリスマスオラトリオをYoutubeでみた。 下の欄の書き込み評を読んでいた時、「いやだ ミリタリー音楽のようだ」という言葉に、何だろうと思ったことがあった。教会音楽、特にバッハの大家H.リリンクが指揮する本曲の第1曲の評だった。最初に太鼓の連打で気を引きつけるところを言ったのかなぁと思った。しかし、リリンクの指揮そのものが、かくあるべし みたいなところが気にかかったのかもしれない。わたしは命令形の言葉をどう表したらよいか、考えていたので、音楽における命令形って何だろう?とも思った。 そこで、「いざ 歌え」ーこれは1968年クリスマスに神戸栄光教会聖歌隊で歌った時の指揮者清水さんの訳である。平和な時代の命令形と戦争へ向かう命令とは意味が違うだろう。わたしは「さあ うたおう」(let’s sing) というように、命令形を呼びかけの言葉にすることにした。ミリタリー(軍隊)音楽は わたしも嫌だ。 *ちなみに、武田又彦先生にどんなCDがおすすめですかと尋ねたら、H.リリンクの名前を教えてもらった。リリンクのカンタータCD全集は大変教えられました。 彼は昨年指揮者を引退した。が、トビアス,ショーコップの新聞にシートミュージックについて巻頭の言葉を書いていた。こういう方面にも関心を寄せているのだなぁと見直した。なお、わたしが使っているのはmusescore3 (フリー)で、世界で2千数百万人が使って、多くの人が作品を投稿している。 2019/12/01 1921 クリスマスオラトリオ 全64曲 1734年のクリスマスシーズンに6回の礼拝で演奏された。 イエスの誕生物語を音楽劇にしたもので、日本語に直して楽しめるようにしました。 ⇦戻る 1920 おかげ様で今日念願の目の手術を終わり退院しました。 10月1日に右の白内障、11月7日に白内障と緑内障の手術を行なった。 白内障は飛蚊症や、もやもや、外に出ると光がまぶしい。文字が見えにくい。五線譜とか、シャープとナチュラルの記号の見分けがつかない。版権フリーで公開されているバッハの楽譜はコピーを繰り返したのか、特にだんご状態で、質の悪いものがある。などなどで、それは解消されたかなぁと思う。先生が遠くが見えるレンズを入れましょうと言われたので、わたしの希望をのべて、裸眼でPCのモニターが見える40㎝の焦点距離でお願いできますか?と言って、ACTH分泌低下症になって、家で過ごす時間が多くなり、家でできるデスクワークで、シートミュージックを始め、18世紀のバッハの合唱曲を主にしています。というと、それはいいですね。40㎝を目標にしましょうと言ってくださって、PCがよく見えるようになった。三ヶ月くらいで視力が安定して、メガネをつくるようにと教えられた。バスで流れる「日帰りで白内障手術◯◯眼科・・・」あーっ、あそこには行きたくない!と思っていたので、時間をかけて丁寧に見ていただいた福岡日赤病院眼科に感謝です。 2019/11/12 1919 福岡日赤病院 内分泌内科で中川瑞穂先生に「ACTH分泌低下症」を見ていただいている。また同病院の眼科で一年ほど白内障と緑内障の診察をしていただいて、涼しい季節になったので右白内障の手術を10月1日に受けて、今日は左の白内障と緑内障の眼圧を下げる手術の説明を受けた。わたしの場合、状態は深刻ではなく、10のうちの5くらいだそうで、そんなに急いでしなくてもいいですよと言ったところですが、この時期にしておかないと、体力と気力に自信がなくて、お願いした。 眼圧は眼球に水を送る涙腺を切開して血が出るので、1週間から2週間入院ということでした。わたしとしては丁寧にしていただいて、内分泌の先生にも話して看ていただけるので安心しています。 PCのモニターが見えるようにレンズの焦点を選んでもらっています。よく見えるようになったら、ここ数年試してきたバッハの作品と讃美歌の編曲などをYoutubeに出して、バッハを通して新たなキリスト教の一面を表して見たいと思っています。皆さんに見てもらえるような工夫も心がけています。 2019/10/20 1918 広田先生 大橋駅前でぱったり出くわした。鎮西学院で、社会福祉学科の同僚だった。退職後、大橋近辺で障害者の人たちのホームを立ち上げようとしている話を聞いた。当事者のお母さんたちと三宅に家を見つけて、福岡市に登録申し込みをしたところ、あそこはむかし田んぼだったところで地盤が悪いという理由で許可が出なかったので、新たに探しているそうです。くじけないでくださいねと言って別れた。 福岡に来て、これまで、お年寄りのグループホームを運営している人、パーキンソンの人たちの支援をしている人に会った。その生き方にわたしもエールを送ります。 2019/10/16 ⇦戻る 1917 コートリル 昨日から 朝6時に目が覚めて コートリル10mgを胃薬と飲むことにした。二日目の今日 今日はBWV232_4,5を仕上げようと思っている。 昨日まで 起きる時間がどんどん遅くなりま7時30分、45分 そして8時になる勢いだった。季節のせいとも思っていた。 ひょっとして 6時に飲んで 2時間後に効果がで始めるという効能書きをみると8時に効き始めて10時ごろには改善しているということになる。こういう可能性を思ってみた。朝食後という胃への負担軽減がないところをどう対処するか 考える必要があろう。 2019/09/25 1916 未来型の出会いも 先日はウエスレヤンの若山さん経由で ナチスの障害者およびユダヤ人絶滅作戦(T4作戦)に抵抗した施設ベーテルの人たちをテーマに論文を書いている西南学院の大学院生と 大橋のスターバックスで 会つた。彼女から 二度にわたってベーテルに滞在し、第一次資料を得て 来年一月提出の追い込みをしている論文の話を伺って 敬意を覚え、励ましを受けた。短時間でドイツ語を勉強し、目的を達成しようとする努力と勇気に感銘を受けた。彼女のことは ウエスレヤン大学にいた2年前から 金先生から伺っていた。金先生は西南学院に非常勤講師で出講していた。また川島幸夫先生が副査をされることも知り、新しいネットワークを作られていく予感がした。 ナチスに倣えと言った大臣がいたが 日本がそのような方向に向かい 相模原の施設で起こった利用者殺害事件に見られるように 効果的な対抗法が出てこないもどかしさがある。このような時に施設ベーテルの責任者ボーデルシユゥインクがどのようにしたか。ヒトラーが送り込んだ 右腕と頼むブラント医学博士と膝付き合わせて対論した「生きるにあたいしないいのち」とはだれかという問いに対して 「人間的対応能力を失った人」というブラントに対してボーデルシユヴインクは「わたしは対応能力を失った人を見たことがない。その問題は私たちの方に対応能力があるのかどうかを問うている」この対論での答えは やがて安楽死作戦が終焉していったことに見られた。 ベーテルには 賀川豊彦、糸賀一雄、昭和天皇皇后も訪問している。 わたしが翻訳し読まれることの少なかったドイツのキリスト教社会福祉の歴史「内国伝道とディアコニー」を付箋をたくさんつけて読んでおられるのを見て嬉しかった。この一人の人に読まれるために この本は世に出たのかなあ と思った。もう一冊の翻訳「なぜ わたしが」エリカ・シューハート著も読みやすい本ではないが 介護をする人の患者対応能力のことで ベーテルの話が出ているので、一冊差し上げた。役に立てばこんなに嬉しいことはない。これからは彼女の論文とともに生きていくように道を示されていると思っている。未来型の出会いを与えられて感謝である。 2019/09/25 1915 メモリー 念願のPCを買い 2ヶ月が過ぎた。i5のエンジン 1テラのハードディスク 8Gのメモリーで十分と思ったが 大きな楽譜を読み込んでの作業が遅くなる。そこで あと8Gを増設することを考えて やっと今日 念願を果たした。PCケースのネジを二つ外して 差し込みが難しかったが なんとかできて ケースを戻す前にメモリーの検査をし 40分くらいかかって 問題ないことを確認してけーすをとじた。18Gメモリーで ストレスなしに 楽譜作成がかのうになつた。これまでで一番嬉しい1日となった。ゆとりを持って いい作品ができる。 2019/09/22 ⇦戻る 1914 メモ帳アプリをはじめる どのくらい役に立つのか 文字数カウントつきメモ帳アプリをいれた。 2019/09/20 ⇦戻る 1913 関西学院聖歌隊 8月31日 福岡女学院教会 「ドイツミサ」の三曲+御礼のコーラスをアップしました。曲名をタップすると聞こえます。こんなこと初めてしたのでうまくいっているのかどうか、不安ですが。Sonyの小さい録音機ICD-UX560Fを使用。 2019/09/02 10:45 1912 8月4日の日曜日は 洗礼式があり 私が春日東教会にいた頃 小学生の頃からつながっていた人が受洗します。わたしは補式で青木牧師と共同でします。「わたしはまことのぶどうの木」わたしたちはぶどうの実を読んでお祈りをします。新しい始まりにすばらしいことがありますように。見学可です。おいでください。 2019/07/30 21:25 1912 再会 「小説 バッハ 」 ハンス・フランク 1971年2刷 音楽之友社 30年も前 福岡女学院図書館で出会った本書 バッハが小さい頃 親に先立たれておじさんの家に引き取られた話。そこで月明かりの下で楽譜を書き写しているのを見つけられ えらく叱られた話。もう一つ、晩年に目が見えなくなって、ヘンデルの目を手術し、成功した同じ眼科医に頼んでイギリスから旅の途中で来てもらい、手術した話。麻酔代わりにワインをたらふく飲まされて、とか、手術はうまくいかなくて、痛みに耐えかねて、そのショックで死期を早めた。と言った話が記憶に残り、最近、もう一度読んでみたいと思った。 ところが図書館の検索では見つからなかった。アマゾンの古書に数冊あって、注文したところ、今日届いて、30年ぶりに再会となった。びっくりしたのは文字が8ポイントと小さく、1頁二段組で456頁もある。1971年のもので、黄色い枯れた匂いがする。 もう一つ、バッハが亡くなると、次の音楽監督が決まり、早急に部屋をあけ渡さねばならかくなった。家族、近親の者は悲しむいとまもなかった。肉屋の包み紙にバッハの楽譜が大量に置かれていて、知人がそれを買い上げたという話も忘れられない。それから、 バッハのお墓がどこにあるのかさえ忘れられて、没後100年の記念に、ベルリンでメンデルスゾーンが「マタイ受難曲」を演奏して、バッハの名前がよみがえり、世界に知られ、今日に至っている。もう一度サーっと読んでみたい。 我が国では今、改竄とか隠蔽、記録廃棄などが流行っている。けれども、忘れられて、100年経っても、いいものはよみがえり、喜びと、生きる力を与えているということを、バッハは示している。 1911 「山河燃ゆ」 1984年 NHK大河ドラマ 市川森一脚本 その2 春に貸していただいたDVD、51回のあと4回を残すところまできた。アメリカに移民した天羽(あもう)家の二世の兄弟は終盤になって、フィリピンのルソン島で敵味方となって遭遇する。 鹿児島・薩摩出身の日系二世で「お国のために」戦う弟・忠の、国に対する疑問は、初めから食料、医療の補給をしないし、できないために現地調達という強奪を強要され、さらに自決を美化する国家の「棄民」を負わなければならなくなって先鋭化する。かたや潤沢な補給物資とともに前進するアメリカ軍は日系二世を先頭に立て、前進する。兄・賢二は、アメリカ軍の日系2世に日本語教育をし、日本軍の情報収集と分析を任される。日本軍の生き残りとなった弟忠と遭遇し、銃撃戦で兄は弟の足を撃ってしまう。 戦線は沖縄、日本本土空爆、広島、長崎への原爆により、日本は破局を迎えた。 戦争責任を裁く連合軍による東京裁判が始まり、賢治は翻訳のチューターとして、すでに勝者の結論ありきの進行に、公平でないという疑問を持ちつつも、無辜の民を死へと追いやった指導部全員が無罪を主張する政府の実態も明らかになっていく。家族・夫婦・友情を破壊する戦争が、一方で勝者側にもたらす繁栄を隠しているように思われる。 わたしはたびたび登場人物に脚本家市川森一さんの分身を見る思いがした。また、ドフトエフスキーのカラマゾフの兄弟を思った。賢治は純真無垢のアリョーシャだと。人を救おうとする善人から人殺しをする悪人まで、カラマゾフの家族は国家そのものであるというように見ると、天羽家の兄弟の話はもっと分かる気がした。つけ加えると、日本の現状が戦争に接近していったあの時代を再現していると考えると、優れた歴史教科書と評価される。美しい山河を燃やしてはならない。 2019/07/15 1910 「心と口と行いといのちで」JSバッハ BVW147 1723年の7月2日に初演された「マリア訪問の祝日」のカンタータ「心と口と行いと命で」神を賛美しようー全10曲が21日かかってできた。細かいところに気を使うとなかなか先に進まなかった。毎回良くなったところを思うと、微々たる進歩が積み重なっているかと思う。 私が投稿しているバッハの曲は視聴しているのは60%が日本語を使う人たちで、40%は他の言葉を使う人たちという分析が出ている。私としては、トマス教会少年聖歌隊で初演したものだから、若い人にも聞いてもらって、楽しんでもらえることを目指している。イラストも少年の出場をといつも思っています。これからしばらくは、以前の未熟な作品をメンテナンスしたり、場合によっては作り直すことをしたいと思っています。 2019/06/30 20:31 ⇦戻る 福岡市植物園
花の盛りをすこし過ぎたころ、バラの花を見に。花に名前が付けられていてその、ネーミングが面白かった。 J.F.ケネディは華やかで、ミケランジェロは芸術的に見えて、まんまと術策にはめられたもようでした。 2019/6 1909 書評 「キリスト教の再定義のために」荒井 献 新教出版社 2018年 523頁 Facebookの友達情報で本書を知った。「天皇代替わりについて」特に若い人たちの議論を求める一文を読みたくて、福岡女学院図書館から借りてきた。荒井先生の少年時代からの足どりをたどって、特に信仰と学問を中心に、既出の文を選んだもので、まず、懐かしい「草地賢一さん」を偲ぶ追悼文を読んだ。神学部で3学年上だった草地さんとは「筑豊の子どもを守る会」で親しくなった。 荒井先生の初期の研究で、キリスト教史の中で異端とされた「グノーシス」文書を再評価した労作は光っている。それは、日本キリスト教団で起こっている異端排斥に光を当てる。洗礼を受けていない人に聖餐をしているとして日本キリスト教団常議員会は○○牧師を解職した。私たちは、日本キリスト教団の教勢だけを評価する、硬直した未来のない保身的権威主義を憂う。私も洗礼を受けていない人への聖餐を積極的に認めてきた者である。洗礼を受けた人に聖餐をうける「資格」がある、とする日本キリスト教団春日東教会規則を、「聖餐を受ける人は現住陪餐会員である」と変更する届けを、春日東教会と九州教区と日本基督教団は承認している。一方で認め、一方で認めない、辻褄の合わない、説明なしの異端排斥は、組織を致命的に滅ぼすと、私は危惧している。 さて、本書の紹介に戻ります。 佐藤研のキリスト教再定義が紹介されて、本書の題名になっているようですが、かつてネットで読んだ佐藤の「禅キリスト教」によるキリスト教再定義はどうかなと思っている。それより荒井先生が、自分はいと小さき者、弱い立場に立ってきたと言われる、そのキリストの教えの本筋に戻ることこそ、保守化して小さくなって権力におもねるキリスト教を再定義することになるのではないか。キリスト教会は置かれている社会的責任に真摯に向かい合わないと社会から無視される。キリスト者はいと小さき者の一人に向かい合い、できることをなして愛に生きることによって、命を生きる。こういう感想を抱いた。 2019/05/21 11:47 1908 「山河燃ゆ 」NHK大河ドラマ(山崎豊子原作、市川森一脚本、51回放送、DVD完全版) 借用したDVDのやっと10回目を見た。アメリカ移民の子として生まれ二重国籍を持つ兄と弟が、世界大戦に向かうアメリカで強まる日系人排斥の不当な扱いを逃れるように、日本に来たが、日本では朝鮮、満州、中国侵略へと向かう時勢に翻弄されていく。主人公・天羽(あもう)賢治は在日のアメリカの通信社に就職し、派遣された中国各地を取材し、上海を攻略する日本軍を目の当たりにする。その映像を含む報道と取引で、スパイ容疑で殺される人たちを助けようとするが。というところで10回が終わった。主人公が日本軍の謀略(でっちあげ)による侵略を目の当たりにして、何をなすべきか?苦悩し、前進していく姿は、今繰り返されようとしている戦争準備、安保法、戦争憲法改正、ヒトラーに倣えという掛け声と共に、暴言が飛び交い、坂道を駆け落ち始めた時勢の中で、何ができるかと問うている。市川森一さんの時代考証、とらえ方の正確さはドラマ以上の現実性をもって迫ってくる。怖いもの見たさに次回をお楽しみの日々です。 2019/05/22 1907 西南学院チャペル へ 2月2日土曜4時開演です。 20年前の仲間たちです。 西鉄バスの 2月の催し物にも載っていました。 西南学院チャペル へ 2月2日土曜4時開演です。 20年前の仲間たちです。 西鉄バスの 2月の催し物にも載っていました。 2019/01/22 1906 ヨハネ01 イエスの十字架死の受難物語から 第1曲「イエスが苦しみの奈落(どん底)にいる時も 神の栄光を受けていたことを教えてください」と歌う。ヨハネ福音書の受難物語を一字一句歌う朗唱に導かれて、合唱、自由詩を歌うアリア、会衆賛歌による短いコラールで 一つの物語を区切る。このようにして全40曲の冒頭は壮大な合唱から始まる。 2019/02/11 1905 今日は寒かった。ヨハネ受難曲第25曲を昨日終えて、今日27曲の朗唱とその中の合唱 いえすのふくを四つに分け合い、一枚布の下着はくじ引きで決めよう という印象深い合唱の 五つの楽器の部分。フルートと通奏低音の記譜を終えて、バイオリンのところを進行中。 やっていくうちにバッハの作り方がよくわかるようになった。4部合唱のソプラノはフルート、アルトは第2バイオリン、テノールはビオラ、バスは通奏低音とほぼ同じである。したがって第1の第2バイオリン譜を新規に記譜するということです。使われる音形の例をいくつか用意し、それをコピーして調整するとよりスムーズにできる。この作曲方法は一週間という短い時間に 合唱譜面と楽器の譜面を作り、家族で写筆し、練習して、日曜日を迎えることの繰り返しの中で確立したものであったことが想像される。 2019/02/16 1904 次男一家が訪ねてくれた。 ユーチューブに投稿した賛美歌などをテレビで見る方法を教わった。 2019/02/11 1903 ヨハネ受難曲 第2曲 「はかりも知れない愛」 イエスの十字架の道には はかりえない愛がある。わたしが喜び イエスが苦しんでいる。 4曲 「あなたから賜った一人でも失っていない」という言葉が成就された。 最後の晩餐で、イエスは弟子たちの裏切りについてのべた。弟子たちは口々に裏切るのはわたしではないでしょうと言った。その弟子たちが ユダを含めて 一番弟子のペトロもイエスを離れる。 ここでイエスは裏切る弟子を、捨ててはいない。最後まで弟子として向き合っている。人は深い愛を感じないだろうか。 2019/02/11 1902 ヨハネ01 イエスの十字架死の受難物語から 第1曲「イエスが苦しみの奈落(どん底)にいる時も 神の栄光を受けていたことを教えてください」と歌う。ヨハネ福音書の受難物語を一字一句歌う朗唱に導かれて、合唱、自由詩を歌うアリア、会衆賛歌による短いコラールで 一つの物語を区切る。このようにして全40曲の冒頭は壮大な合唱から始まる。 [2019/01/17 06:37:43] ああわが心 バスによるアリア 主イエスを否定し、よりどころを失ったペトの激しい不安を歌う。 どこに行って安きを得んや。 どこに行けばよいのか。あるいは「山と丘(負えない荷)を背負うべきか。弟子が主を拒んだのだから。 2019/02/11 ⇦戻る 1901 今日は礼拝に行こうとあれこれ準備していたら 青木牧師よりインフルエンザにより お休みにすると連絡があった。クリスマスから新年にかけて わたしも大変緊張していたことを思い出した。なかなかなおらず妻と寝込んでしまった年は 寒さが格別だった。 長崎県北から妻の両親が点滴の用意をして それをエモンカケにつるして、助けてくれた時はありがたかった。 今年の創立記念礼拝の説教依頼を受けて、体調不安の中 準備をしている。 礼拝後に、数年前に作ったヘルマンヘッセの詩によせてー花に水をーを歌おうと思う。「世界がまたして 狂気になり大砲がとどろく前に もう一度 美しいものを見て たのしみ それらに歌をささげよう」。ヘッセの予感は いま 世界を不安にしている。その不安を利用する悪の力が増大している。ヘッセの思いはルターの卓上語録にある「明日 世界が滅びようと わたしはリンゴの木を植える」に通じている。 自分のなすべきことを貫くという精神、戦争に明け暮れた時代 |